大判例

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東京地方裁判所 昭和61年(行ク)27号 決定 1986年7月01日

申立人

川端哲也

文樹泰圓

江戸昭良

右三名代理人弁護士

宮里邦雄

五百蔵洋一

森井利和

吉峯啓晴

儀同保

水嶋晃

北村哲男

前田裕司

海渡雄一

相手方

内閣

右代表者内閣総理大臣

中曽根康弘

右指定代理人

森脇勝

田中信義

畑川純

武田勝年

中澤勇七

橘田博

主文

一  本件申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は申立人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  申立人ら

1  相手方がなした昭和六一年七月六日に衆議院議員の総選挙(以下「本件選挙」という。)を施行する旨の昭和六一年六月二一日付け公示の効力は、本案訴訟の判決確定に至るまでこれを停止する。

2  申立費用は相手方の負担とする。

二  相手方

主文同旨。

第二  申立ての原因及び相手方の反論

申立ての原因は別紙一の、相手方の反論は別紙二のとおりである。

理由

一申立人らは、本案訴訟を抗告訴訟と構成しようと試みるものであるところ、申立人らの主張するところは、

1  申立人川端哲也は、肩書住所地に居住し、公職選挙法一三条一項、別表一(以下「法別表」という。)に定める衆議院議員選挙の和歌山県第一区における選挙人であるが、昭和六一年法律第六七号により加えられた公職選挙法附則八項(以下「新法」という。)により和歌山県海草郡が和歌山県第二区に変更されたため、同選挙区における選挙人とされ、本件選挙で和歌山県第一区において選挙権の行使をする機会を奪われ、

2  同文樹泰圓は、肩書住所地に居住し、法別表に定める衆議院議員選挙の大分県第一区における選挙人であるが、新法により大分県大分郡挾間町が大分県第二区に変更されたため、同選挙区における選挙人とされ、本件選挙で大分県第一区において選挙権の行使をする機会を奪われ、

3  同江戸昭良は、肩書住所地に居住し、法別表に定める衆議院議員選挙の愛媛県第一区における選挙人であるが、新法により愛媛県伊予市、同伊予郡が愛媛県第三区に変更されたため、同選挙区における選挙人とされ、本件選挙で愛媛県第一区において選挙権を行使する機会を奪われた

というのである。

しかしながら、申立人らが保護を求める権利は、新法により所属する選挙区が変更された前記の地域に居住する選挙人のすべてに等しくかつ一律にかかわるものであつて、なお一般性、抽象性を免れることはできず、申立人ら個人の権利、利益にかかわるものであると解することは困難である。そうすると、本案訴訟は、まさに、選挙権を有する者という資格において提起したものであつて、行政事件訴訟法五条に定める民衆訴訟に当たるものにほかならず、抗告訴訟に当たるものではない。

しかして、民衆訴訟は、法律に定める場合において、法律に定める者に限り提起することができるものであることは行政事件訴訟法四二条により明らかであるが、本案訴訟のごとき訴訟を提起することができる旨を定めた規定はないから、本案訴訟は不適法なものである。

二よつて、本件申立ては、適法な本案訴訟の係属を欠く不適法なものであるからこれを却下することとし、申立費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官塚本伊平 裁判官加藤就一)

別紙一

一、当事者

1 申立人

一 申立人らはいずれも、相手方が昭和六一年七月六日に施行する旨を公示した衆議院議員総選挙の選挙権を有する者である。

申立人川端哲也は昭和四六年三月一五日以降和歌山県海草郡下津町大字引尾八〇番地に居住し、従来の総選挙においては和歌山県第一区の選挙権を有する選挙人であつたが、相手方のなした本件公示の結果昭和六一年七月六日に施行される衆議院議員総選挙で和歌山県第一区の選挙権を奪われ、和歌山県第二区の選挙人に変更された者である。

申立人文樹泰圓は昭和四四年六月三〇日以降大分県大分郡挾間町大字向原五〇三番地の一に居住し、従来の総選挙においては大分県第一区の選挙権を有する選挙人であつたが、相手方のなした本件公示の結果昭和六一年七月六日施行される衆議院議員総選挙では大分県第一区の選挙権を奪われ大分県第二区の選挙人に変更された者である。

申立人江戸昭良は愛媛県伊予郡松前町大字徳丸二二二八番地に居住し、従来の総選挙においては愛媛県第一区の選挙権を有する選挙人であつたが、相手方のなした本件公示の結果昭和六一年七月六日施行される衆議院議員総選挙では愛媛県第一区の選挙権を奪われ愛媛県第三区の選挙人に変更された者である。

即ち、申立人らは、相手方のなした違法な本件衆議院議員総選挙の公示によつて憲法四四条、公職選挙法九条、一二条一項、一三条一項(別表一を含む)に定められた各選挙区(申立人川端は和歌山県第一区、申立人文樹は大分県第一区、申立人江戸昭良は愛媛県第一区)における選挙権を奪われるという重大な法律上の権利を侵害されることとなつた。

2 相手方

相手方は閣議により本件衆議院議員総選挙を施行する旨の公示をなすことを決定し、かつ右公示をなした者である。

ところで、本件公示は天皇の国事行為と定められている(憲法七条四号)。しかし、天皇は憲法上国政に関する権能を持たず、国事行為は内閣の助言と承認に基づき、かつ内閣が責任を負う行為である(憲法三条、四条)。

即ち本件公示は内閣の意思決定に基づき、天皇の名で外部に表示されたもので、法律上、天皇の行為でなく内閣(その構成員たる被告内閣総理大臣及び各国務大臣)の行為というべきである。

二、本件公示の違法性

1 本件公示の存在

(一) 改正公職選挙法の成立と公布

第百四国会で審議された改正公職選挙法は昭和六一年五月二二日成立し、五月二四日公布された(後記二の4に詳述)。改正法の施行時期について、改正法附則一項は、「この法律は公布の日から起算して三十日に当たる日以後初めて公示される総選挙から施行する。」と定めているので右改正法の施行日以降は和歌山県海草郡は衆議院議員の選挙区を和歌山県第一区から第二区に変更され、愛媛県伊予郡及び伊予市は衆議院議員の選挙区を愛媛県第一区から第三区に変更され、大分県大分郡挾間町は衆議院議員の選挙区を大分県第一区から第二区に変更されることとなつた。

(二) 衆議院の解散

相手方は昭和六一年五月二七日の閣議で六月二日に国会の臨時会を招集することを決定し、六月二日国会の臨時会が開催されたが、中曽根内閣によるだまし討ちと言われる解散の為だけの臨時会の召集に怒つた野党の反対で本会議を開けぬまま、同日衆議院は解散された(憲法七条)。

(三) 本件公示は取消を免れない

相手方は昭和六一年六月二日の閣議で同年七月六日に衆議院議員総選挙を施行すること、及びその旨を六月二一日に公示することを決定し、右閣議決定に基づき、六月二一日に左記のとおり公示した。

日本国憲法第七条及び第五十四条並びに公職選挙法第三十一条によつて、昭和六十一年七月六日に、衆議院議員の総選挙を施行することを公示する。

しかし、右公示日は後記二の4で詳述する通り公布日(五月二四日)から起算して三十日に満たないので、改正法の適用はない。従つて改正前の公職選挙法に定める選挙区によつて選挙が施行されなければならない。

ところが、本件公示によつて施行される総選挙では、改正法の規定する変更選挙区によつて総選挙が施行されるものであるから、本件公示は改正法附則第一項に違反し違法であつて取消を免れない。

2 改正公職選挙法成立に至る経過

(一) 最高裁大法廷の違憲判断

国民の参政権の適切な行使のためには投票価値の平等が必要なことは当然である。

ところが、都市部に人口が集中した結果、昭和五八年一二月一八日施行された第三十七回衆議院議員総選挙では、投票価値の不平等は一対四・四にまで広がり、その不平等は誰の目にも明らかであつた。そこで最高裁判所大法廷は昭和六〇年七月一七日、右選挙の定数配分を違憲状態にあると判断し、すみやかな是正を求める判断を示した。

(二) 与野党協議の場の設定

これを受けて国会では、衆議院の公職選挙法改正に関する調査特別委員会と参議院の選挙制度に関する特別委員会が、定数是正問題の所管委員会となつた。

そして、昭和六〇年一二月一九日、第百三国会(臨時会)で坂田衆議院議長が

1 現行議員定数は変更しない。

2 選挙区間の議員一人当りの人口格差は一対三以内とする。

3 小選挙区制はとらないものとすること。

との原則に基づいて第百四国会(常会)で速やかに定数是正を図る旨の議長見解を発表した。

右議長見解を受けて第百四国会に至つて具体的な検討がなされ、昭和六一年二月一二日与野党国会対策委員長会談が開かれ、与野党国会対策副委員長レベルの実務者会談を行なつて具体案を検討することになつた。

二月一四日各党国会対策副委員長らを中心に定数是正問題協議会(略称定数協・座長渡部恒三自民党議員)が設置され、二月一八日初会合を持つた。

(三) 具体的な協議の経過

以後定数協は精力的に検討を進めることとなつたが、そこでの最大の争点は二人区をつくるかどうか及び周知期間をどの程度置くか等ということであつた。

野党は中選挙区制を切崩す危険のある二人区を作らないようにすることや今回の改正が選挙区域の変更を含むので、十分な周知期間を置くべきであると主張した。

与党も議論が深まる中で野党の主張を一定程度認めるようになつてきた。

そこで四月一四日には従来の協議内容を踏まえて渡部座長名で、①議長見解を踏まえて第百四国会で定数を是正する、②是正対象選挙区は十増十減の選挙区とする、③減員区のうち定数四人の選挙区は一名減員して三人区とするが、三人区については合分区、境界線変更等により調整して二人区の解消に努め、将来の抜本的改正においては二人区を作らない、④有権者と立候補者の立場を尊重して、一定の周知期間を置く、との見解が表明された。そして、これを受けて四月二三日の与野党国会対策委員長会談で、①有権者の立場を尊重して周知期間を置く、周知期間の長さについて渡部定数協座長は一ケ月を下回らない期間が必要であると述べ、野党は一致して六ケ月を主張し、法律上三ケ月という主張もあつた、②二人区解消に全力をつくす、との確認事項がかわされた。

つづいて四月三〇日与野党幹事長書記長会談が開かれ、国対委員長会談や定数協の議論を踏まえて、①原則として二人区を作らず、抜本改正においては二人区を作らない旨の国会決議を行う、②公布の日から施行の日の間に周知期間を置く、周知期間について自民党は一ケ月を主張し野党は一致して六ケ月を主張し、最低でも三ケ月は必要であると主張した、との確認が得られた。

これらの一連の協議や会談を通じて一面で与野党間に一定の歩み寄りが見られ、他面では与野党間の見解の相違する点が鮮明になつてきた。

(四) 議長調停案の提示

この状況を見て坂田衆議院議長が調停に乗りだし、与野党の意見を聴取したうえで五月八日左記の議長調停案を示した。

1 今回の定数是正に際し、二人区の解消に努める旨の与野党間の合意の趣旨を尊重し、それを実現するため各党の主張を勘案した結果、減員によつて二人区となる選挙区のうち和歌山二区、愛媛三区及び大分二区については、隣接区との境界変更により二人区を解消することとする。

2 この場合、減員は七選挙区となり、総定数を変えないときは、増員は七選挙区となるべきところであるが、今回の定数是正の中心課題である較差三対一以内に縮少しなければならない要請にこたえるため今回は特に八選挙区において増員を行うことも已むを得ないものと考える。

しかしながら、抜本改正の際には、二人区の解消とともに総定数の見直しを必ず行うものとする。

3 本法の施行に際しては、有権者の立場を尊重して周知期間を置くとの与野党の合意を踏まえ、特に、この法律は公布の日から起算して三〇日に当たる日以後に公示される総選挙から施行するものとする。

4 以上のほか、従来の与野党ですでに合意した点を含め各党間で協議を進め、早急に所管委員会で立法措置を行うため審議に入るものとする。

この提案について、野党は不満を示したが、五月八日自民党が了承して、議長調停案による定数是正が実現する運びとなつた。

(五) 調停案提示と同日選挙の断念

ところで議長調停案は周知期間の重要性に鑑みて「公布の日から起算して三十日に当る日以後に公示される総選挙から施行する」との文言を含んでおり、これによつて中曽根内閣総理大臣が強引に押し進めようとした衆参同日選挙は不可能となつたものと理解され、右理解に基づいて自民党は議長調停案を受諾し、各野党もそれぞれの見解を表明したものである。

与野党、国会関係者、マスコミをはじめ全ての国民が右のとおり理解したことは、新聞各紙が、首相「同日選」を断念(毎日新聞五月九日朝刊)、首相「同日選」見送る(読売新聞五月九日朝刊)、同日選無理な情勢(朝日新聞五月九日朝刊)との見出を掲げ、また記事の中で、実は首相本人は、それからさらに三時間前、官邸執務室に飛び込んできた宇野幹事長代理から議長調停案の内容を聞かされ、同日選断念を決断していたのである(毎日新聞五月九日朝刊)。

中曽根首相は、記者団に「臨時国会は考えていない。今国会の会期延長も考えていない」と語つた。今国会で定数是正を成立させた直後に臨時国会を召集、あくまで解散の道を探るという「解散の理論的可能性」(政府筋)も指摘されていたが、首相が臨時国会召集を否定したことにより、衆参同日選挙の見送りは確実となつた(読売新聞五月九日夕刊)。「身も心もラクになつた。選挙がなくなつたから、うまいものでも食いに行こう」。中曽根派の幹部として、首相の同日選挙戦略を支えようとしてきた藤波国対委員長がもらす(朝日新聞五月九日朝刊)。等と記載しているとおりである。

かような事実から「今回の衆議院の解散は、異常・違法で国会、マスコミ、国民を欺いて行われたものです。内閣総理大臣がうそをつくという見本を国民の前に示したことは日本政治史上の重大な汚点と言わざるをえません」との評価を生み日本の議会制民主政治にとつて今回の解散が深刻な後遺症をもたらしたのである。

(六) 改正法の成立

ともあれ、較差を三倍以内におさめる議長調停案が示され、衆参同日選挙がなくなつたという点で与野党の認識が一致し変更区域の有権者のために最少限とは言え周知期間が設定されたことから議長調停案に基づく改正の動きは急速に進展した。

即ち、三原朝雄衆議院公職選挙法改正に関する調査特別委員会委員長が坂田衆議院議長の調停案に基いて改正法案を起草して同委員会に提案し、五月一六日同委員会で賛成多数で可決され、衆議院議員の定数是正に関する決議を付して五月二〇日の衆議院本会議で可決の上参議院に送付され、五月二二日参議院選挙制度に関する特別委員会で可決されて五月二二日の参議院本会議で可決・成立の運びとなつたものである(参議院でも衆議院と同じ決議が付された)。

3 いわゆる「周知期間」の重要性

(一) 境界変更区域有権者の怒り

今回の改正では減員区と並んで境界変更区域が極めて大きな犠牲を払うことになつた。

そして関係区域はいずれも境界変更に強い拒否反応を示してきた。この実情は、挾間町議会は九日午前十時から全員協議会を開き「大分二区への編入は住民の意思を無視したもので絶対反対。憲法上も疑義があり、場合によつては法的措置も辞さない」と全員一致で申し合わせた。午後からは臨時議会に切り替え、正式に反対決議をし、川野秀夫町長と平野雅久議長が十日にも上京、政府、与党筋に反対陳情をするなど行動を起こす方針(大分合同新聞五月九日夕刊)。

「全く理解に苦しむ―知事談話―衆院定数是正問題で九日、白石知事は次のような談話を発表した。坂田衆議院議長の裁定を聞いて大変驚いている。本県一区の伊予市および伊予郡が三区に編入されることは、地理的にも松山市に隣接し、道後平野の一環として、政治、行政はもとより産業、経済、教育文化などあらゆる社会生活、慣習が一本化している中で、なぜその実態を無視して分離されなければならないのか全く理解に苦しんでいる。自民党愛媛県連をはじめ地元の一市五町村の議会は、厳しい住民感情を踏まえて、いずれも反対決議を行なうとともに、中央要路に対しても地域の実情を再三訴え、人事を尽くしたにもかかわらず、このような結果をみたことは誠に残念である。しかし、ここまできた以上、今後どう対応するか苦慮している。」(愛媛新聞五月一〇日朝刊)。

ショック6万票割譲 愛媛三区の境界変え問題「これでは居候」の見出の下で「一区の伊予市・伊予郡が三区へ……という境界線変更案。中央政治の″調整″という、ふしぎな場で妥協案として異物めいて不意に浮上したように見える、と地元関係者はその唐突さを語る。「むなしさ、くやしさ、腹立たしさが一挙にふきあげてきた」と自民党伊予支部幹事長の重松圀右市議は途方にくれている。「地方の実態にそぐわぬ、政治の犠牲の道具にされてしまつた」とも。砥部町の三谷喜好町議も「政治のむなしさを十分に再認識させられた」と言う。松山、中予に深くなじんできた伊予市・伊予郡。「この一世紀間ずつと松山だつた。急に『変われ』と言われても……。『切れてとんでもえ!』ということか」(稲田静夫さん=同郡広田村総津、農業)。全国の選挙区のバランス上、「議員の頭数合わせのため」(入岡英明全逓中山分会長)の分割。一地方の住民感情は丸ごと容易に無視された形となつた。」(愛媛新聞五月一一日朝刊)。

(挾間町)住民が二区編入に猛反発しているのは、同町が中心になつて進めてきた大分郡の広域行政に支障をきたすことのほか、国の補助金などの面で中央とのパイプ役を果たしてきた一区選出衆議院議員とのつながりが断ちきられることへの不安のためだ。(毎日新聞六月七日朝刊)等の新聞記事で報道されているところである。

(二) 「周知期間」の意義とその重要性

境界変更反対の理由は新聞記事が適確に示しているところである。

即ち、選挙区は政治的、経済的、心理的に一つのまとまりを示していて、住民は当該選挙区選出の国会議員を通じて国政に自らの意見を反映させる構造となつており、選挙区を変更されることは、右の構造を破壊されて国政に自らの意見を反映させられない結果を招き、地域の政治的・経済的な地位の低下を招くことは必至であるからである。

周知期間の制度は単に変更区域の有権者に変更を知らせるためでなく、変更地域の有権者が変更後の選挙区選出の議員達と十分に意見を交換して国政とのパイプ役となれるか否かを見定め新たな国政との連携の構造を築くための必要不可欠の検討・準備期間として重大な意味を持つているのである。もちろん住民感情の面からも相当の周知期間を経てはじめて変更区域の一員としての意識を持てるのである。

従つて野党の主張した六ケ月の周知期間は適切な主張であつた。自民党所属の渡部定数協座長すら「一ケ月を下まわらない期間が必要であるとのべ」(四月二三日の与野党国対委員長会談の確認事項)ていることからみても坂田議長提案の三〇日は周知期間としては短すぎると評価せざるをえない。

しかも中曽根内閣がその周知期間すら守らずに衆議院を解散して総選挙を公示、施行することは境界変更地域の住民感情を無視したうえに変更地域の政治的・経済的地盤沈下をもたらす行為である。

以上のとおり周知期間は大変重要な意味を持つており、公布日がいつかを判断する決め手となるものである。

4 公布の異常性と本件公示の違法性

(一) 本改正法の公布(以下「本件公布」という)は、昭和六一年五月二三日付の官報(号外)をもつて、なされたが、本件公布は、次に述べるとおり、何が何でも昭和六一年七月六日に衆参同日選挙を行なうという目的のために、公布に関する閣議決定、公布に関する天皇に対する助言、天皇の署名押印、官報の印刷、輸送方法を始め、何から何まで異例の方法で行なわれており、しかも、それにもかかわらず、全国の多くの地域で、とりわけ、本改正法により、選挙区の境界が変更される地域において、昭和六一年五月二三日中には、国民が右官報を閲覧購入しうる状態にはならなかつた。

① 本改正法は、昭和六一年五月二二日午後一〇時すぎ成立した。

② 通常、法律が成立してから公布までには、閣議決定、天皇に対する助言、天皇の署名押印、官報の印刷、綿密な校正などが必要であり、一般の法律の場合でも、五、六日はかかるのが通例であり、過去の公選法改正のときは、一週間から二週間かけている。

③ しかるに、本改正法においては、上記のとおり、昭和六一年五月二二日午後一〇時すぎ成立するや、深夜にもかかわらず、その直後に持ち回り閣議において、公布に関する閣議決定がなされ、同日午後一一時、公布に関する天皇に対する助言がなされ、翌二三日午前八時には天皇の署名押印がなされ、直に大蔵省印刷局で官報の印刷がなされた。

④ しかも、昭和六一年五月二二日、本改正法より早く成立した安全保障会議設置法などは後回しにし、本改正のみを、号外の形で印刷したのである。

⑤ 印刷された官報は、通常はトラック便で全国の官報販売所に輸送されるのに、本件公布を掲載した官報(以下「本件官報」という)は、新幹線、飛行機などを使用して輸送された。

⑥ それにもかかわらず、本件官報は、昭和六一年五月二三日中には、全国の多くの地域で官報販売所の通常の営業時間である午後五時までには到着せず、とりわけ、本改正法によつて選挙区の境界が変更される大分県、愛媛県、和歌山県では、それぞれ、早くとも午後七時二五分、午後六時一〇分、午後七時四五分ころ到着するありさまで、いずれの地域でも、本件官報の購入閲覧はできず、右の三県を含む全国の多くの地域で、当該地域に居住する国民が本件官報を購入し、本改正法を了知できたのは、昭和六一年五月二四日になつてからであつた。

(二) ところで、本件公示は、本件公布が昭和六一年五月二三日に行なわれたことを前提として行なわれているが、本件公布が行なわれたのは、次に述べるとおり、昭和六一年五月二三日ではなく、昭和六一年五月二四日であると解すべきである。

① この点に関して、政府は、最高裁判所昭和三三年一〇月一五日判決(以下「最高裁判決」という)が「一般の希望者が官報を閲覧しまたは購入しようとすればそれをなし得た最初の場所において一般の希望者に官報を閲覧せしめまたは一部売する時点」で公布がなされたものとしていることを援用している。しかしながら、最高裁判決は、覚せい剤取締法に関するものであつて、本件の場合とは、事案を異にし、本件に関しては、先例性を持たない。

② 最高裁判決は、覚せい剤取締法違反被告事件に関するものであるが、被告が覚せい剤取締法の改正法が公布されたのが、被告の犯罪実行後であるとして争つたものであつたが、被告の行為自体は改正前の覚せい剤取締法によつても処罰されるものであつた。このような場合、公布の時点を最高裁判決のように解したとしても、国民がその権利義務に関して、必ずしも不利な立場に置かれるわけではない。

③ しかしながら、本改正法は、選挙区の境界の変更、選挙区の定員の変更等が伴なうもので、主権者たる国民にとつて、最も重要な権利である選挙権、被選挙権の行使に重大な影響を及ぼすものであり、しかも、具体的にどのような変更がなされるかは、本改正法を了知することによつてのみ、明らかとなるのである。

④ そして、公布とは、国民に法令の内容を知らしめるものであり、一般に法令施行の要件とされているものなのだから、本改正法のように、それ自体が、国民の権利義務に直接大きな影響を及ぼすものについては、全国すべての地域において、当該地域の国民が公布を記載した官報を購入閲覧することが可能となつた時点において、公布が完了したものと解すべきである。

⑤ したがつて、本改正法においては、全国の各官報販売所において、本件官報が一般国民に購入可能となつた時点をもつて公布日とみるべきである。また、今回の改正が定数減員区や境界変更区に重大な影響を与え、その為に周知期間が前記の理由で設けられたことを考えるならば、定数減員区を含む県である秋田県、山形県、新潟県、石川県、兵庫県、鹿児島県及び選挙区の境界が変更される大分県、愛媛県、和歌山県において、本件官報が購入可能となつた時点、すなわち、昭和六一年五月二四日をもつて本件公布であるとみるほかはないのである。

(三) 右にみたとおり、本件公布は昭和六一年五月二四日であるから、改正法に基づく総選挙の施行の公示は前記改正法附則一項により、昭和六一年六月二二日の日になされなければならないところ、右公示は昭和六一年六月二一日になされたものであり、右附則に違反することは明らかである。

5 本件公示の行政処分性

(一) 総選挙の施行の公示とは、一定の期日に総選挙を行なうべきことを公示するものであるが、右公示は形式上憲法七条四号の天皇の国事行為であると定められているものの、実質上は内閣の意思決定たる閣議によりなされるものであることはいうまでもない。

公職選挙法三一条は、衆議院議員の総選挙について、任期満了に因る総選挙は議員の任期が終る日の前三〇日以内、解散に因る総選挙は解散の日から四〇日以内にそれぞれ行う旨定めるとともに、総選挙の期日は、少なくとも一五日前に公示しなければならないと定めているが、総選挙施行の公示は右規定の範囲内において内閣が特定の日を総選挙の施行日として閣議決定して対外的に表示する行為にほかならない。

一方有権者たる国民の側からみるならば、総選挙の施行の公示は、憲法上、公職選挙法上一般的に保障されている選挙権を具体的に行使すべき日時を確定するものとしての性格を有するものである。

(二) 総選挙は公示から投票・開票に至る一連の手続であるが公示は公職選挙法上たとえば、次のような法律上の効果をもたらすものである。

1 立候補の届出(八六条一項)

2 推せんの届出(同条二項)

3 選挙運動期間の決定(一二九条)

4 政党その他の政治活動を行う団体の政治活動の規制(二〇一条の五)

5 政党その他の政治団体の発行する機関紙誌の配布規制(二〇一条の一四)

6 選挙人名簿の閲覧等の禁止(二九条)

等々。

右のとおり、総選挙の施行の公示は、国民の選挙権、被選挙権の行使、選挙運動、政治活動等国民の権利・義務について重大な影響を与えるものであり、本件総選挙の施行の公示はそれ自体申立人ら有権者たる国民との関係において行政事件訴訟法三条二項の「行政庁の処分その他の公権力の行使に当る行為」と評価すべきである。

さらに、加えていえば、本件公示は改正公選法にもとづいて行われる総選挙であり、前述のとおり、申立人らについては選挙区の変更という選挙権の具体的行使にかかわる重大な影響を伴なう結果を招来するものである。すなわち、本件公示にもとずいて行われる総選挙においては、申立人らは従前と異なり、変更後の選挙区における投票を余儀なくされるため、従来支持してきた、もしくは支持しようと考えてきた立候補予定者への投票の機会を奪われることとなり、申立人らの選挙権は重大な影響を受けることとなるから、本件公示が申立人らに対し、「行政庁の処分その他の公権力の行使に当る行為」に該当することは明らかであるというべきである。

(三) なお、公職選挙法は、いわゆる民衆訴訟としての選挙争訟を定め、その一類型として選挙無効訴訟を認めているが、選挙無効訴訟はあくまでも選挙施行後の事後的救済制度であり、選挙実施前であり、かつ選挙の一連の過程の冒頭段階である公示の時点において公示の効力を争う抗告訴訟を認めることは公選法の定める選挙争訟となんら矛盾するものではない。適法かつ有効な公示が選挙の適法性・有効性の前提であるとするならば、選挙施行後ではなくむしろ事前に公示の効力について司法判断を求めるのが混乱の増大を避けるうえでも適切な法的救済手続である。

6 結論

以上述べたとおり、本件総選挙施行の公示は抗告訴訟の対象となる行政処分であり、かつ改正公選法附則第一項に違反してなされた違法なものであるから、取消を免れないものである。

三、執行停止を求める理由

申立人らには回復困難な損害を避ける緊急の必要性がある。

1 本件公示は、前記改正公選法による定数配分の下において行なわれる総選挙について行なわれたものであるところ、申立人らはいずれも右法律によつて、選挙区の変更を受けたものであるが、このまま推移し、総選挙が施行されるとすれば、変更後の選挙区において一票を投ぜざるを得なくなり、たとえば、従来から支持してきた候補者に一票を投ずることができなくなるほど選挙権の行使に重大な影響を受けることになる。また、もし本件公示が違法として取消さるべきものであるとするならば、本件公示に基づいてなされる総選挙もまた違法となるから、総選挙において申立人らが投じた一票は結果として法律上無意味なものと評価されることとなる。

右のような結果は、とうてい金銭によつて償い得ないものであり、また、後に改正公選法に基づく投票行為をやり直したとしても、その間は違法な選挙によつて選出された議員による国会の立法に従わねばならない(これを争うことは不可能である)のみならず、選挙区の変更の結果、従来支持してきた候補者に投票することができずそのうえ新選挙区の候補者への投票も法律上無意味となるとすれば、本件公示は、申立人らにとつては正当な選挙権の行使を妨げる結果をもたらすこととなる。

2 本件公示が取消されないまま推移するとき、選挙事務が続行される結果、そのまま投票日をむかえることになる。この時までに本件公示の執行の停止をするのでなければ、申立人らの選挙権に対する侵害は回復困難であつて、申立人らには本件公示によつて生ずる回復困難な損害を避けるため緊急の必要がある。

3 本件執行停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼさない。

適法な選挙によつて選出された議員によつて、衆議院が構成されることこそが最大の公共の福祉である。これに対し、違法な選挙によつて選出された議員によつて構成される衆議院が立法行為をなすことは公共の福祉に対する最大の侵害である。また、違法な公示であるとの理由で公示が取消され、その結果、選挙自体の効力を失うことは、いつたんなされた選挙、いつたんなされた投票行為がくつがえされることを意味し、公共の福祉に多大の影響を及ぼす結果となる。このような事態を避けるためには、本件公示の執行停止をなすことが公共の福祉に合致するものであり、その結果選挙事務が停止されることは、違法な公示による違法な総選挙が行なわれることと比して、公共の福祉への影響の程度ははるかに低いものである。

したがつて、本件執行停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼさない。

四、結論

従つて、行政事件訴訟法二五条に基づき、本件公示の効力を停止するとの裁判を求める。

別紙二

一 本件申立ての本案訴訟の請求原因の要旨は、相手方(被告)が昭和六一年六月二一日付けでした同年七月六日に衆議院議員の総選挙を施行する旨の公示(以下、この公示を「本件公示」という。)は、公職選挙法の一部を改正する法律(昭和六一年法律第六七号、以下「一部改正法」という。)による改正後の公職選挙法に基づく総選挙の施行を意味するところ、申立人らはいずれも一部改正法による改正の結果、従来の選挙区の変更を余儀なくされるものであるが、本件公示は一部改正法附則一項の「この法律は、公布の日から起算して三十日に当たる日以後初めて公示される総選挙から施行する。」との規定に違反するもので、申立人らは、違法な本件公示により従来の選挙区における選挙権を奪われるという重大な法律上の権利侵害を受けるものであるから、本件公示の取消しを求めるというものであり、かかる訴訟は抗告訴訟として許容されるというのである。

二 しかしながら、本件申立ては、本件公示が内閣の行為といい得るか否かという点はさておくとしても、以下に述べるように適法な本案訴訟の係属を欠くものであるから、不適法といわなければならない。

1 本件本案訴訟の請求の趣旨は前記のように本件公示の取消しを求めるものである。ところで、選挙とは、選挙期日の公示ないし告示に始まり当選人の決定告示に至る多数の行為を包括する集合的かつ段階的な一連の行為を総称するものであるところ、公職選挙法三一条四項による衆議院議員の総選挙の公示は、衆議院議員の総選挙の施行期日を確定する行為であり、前記のように選挙の冒頭に位置する行為であるが、公職選挙法は、選挙におけるこのような個々の行為に何らかの違法事由があつたとしても、これらの行為に対する抗告訴訟を提起する途を一切認めていないものである。このことは、同法二〇五条一項が「選挙の効力に関し異議の申出、審査の申立て又は訴訟の提起があつた場合において、選挙の規定に違反することがあるときは選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限り、当該選挙管理委員会又は裁判所は、その選挙の全部又は一部の無効を決定し、裁決し又は判決しなければならない。」と規定しているが、右規定は、選挙の手続中の個々の行為の違法は、その行為ごとに個別に争うことを認めず、すべて選挙無効の原因として選挙終了後の選挙争訟において争わせる趣旨であると解されていること(最高裁判所判例解説民事篇昭和三八年度二三九ページ以下の田中真次調査官の解説参照)からも明らかであり、また、同法二六五条において「この法律の規定による処分その他公権力の行使に当たる行為については、行政不服審査法による不服申立てをすることができない。」と規定し、行政不服審査法の適用を排除していることからもうかがわれるところである。このように公職選挙法が選挙に関する争訟手続を厳格に法定しているのは、前述したように選挙が多数の国民に関係する集合的行為であり、かつ、その過程は段階的である上、民主主義社会において選挙の自由と公正は最も強く保障されなければならないところ、その進行中に選挙を構成する個々の行為に対する訴訟の提起を認めることは、右のような選挙の行為としての特質にかんがみ選挙の混乱をもたらすおそれがあるのみならず、選挙の自由と公正に支障を生ずるおそれがあるからである。

公職選挙法が法定された争訟手続以外の抗告訴訟等による争訟の途を認めない趣旨であることは、以下のような裁判例においても明らかにされているところである。

(一) 東京高等裁判所昭和二六年七月九日判決(行裁例集二巻三号三六三ページ)は、村長選挙期日指定の告示の無効確認を求める訴えにつき、公職選挙法二〇二条は、「選挙の終つた選挙の日を標準とし、選挙人又は候補者に対し、選挙の管理執行に関する規定の違反を理由として選挙の効力に関する争訟の途を与えたものである。しからば、公職選挙法はこれら選挙の管理執行に関する個々の行為が選挙の規定に違反することがあつても、個別的にその違反を理由として、その効力を争うことを許さないものと解するを相当とする。」と判示し、右訴えを不適法として却下した。

(二) 秋田地方裁判所昭和三〇年二月二三日判決(行裁例集六巻二号五七ページ)は、衆議院議員の選挙に関し選挙公報掲載申請書の受理を求める訴えにつき、公職選挙法は選挙施行前の過程における個々の処分を独立の争訟の対象とはしていないと判示し、右訴えを不適法として却下した。

(三) 最高裁判所昭和三二年三月一九日第三小法廷判決(民集一一巻三号五二七ページ)は、村長選挙の期日の告示の取消しを求める訴えにつき、民衆訴訟としての同訴えを不適法として却下した原審の判断を是認するに際し、「選挙期日の告示を選挙の一連の手続から切り離して、これを独立した争訟の対象とすることは法律の許容しない趣旨と解すべきである。」と判示している。

(四) 最高裁判所昭和三八年九月二六日第一小法廷判決(民集一七巻八号一〇六〇ページ)は、知事選挙の立候補届出の不受理の取消しを求める訴えにつき、「立候補届出の不受理が違法であるというのであれば、知事選挙終了後公職選挙法二〇二条以下の規定により右不受理の違法を理由に選挙無効の判決を求むべきであつて、右不受理という個々の行為の違法を主張して、これが取消を求めることは許されないものと解するを相当とする。」と判示し、右訴えを不適法として却下した原審の判断を是認した。

以上のように、公職選挙法は、同法が法定する選挙訴訟以外の争訟方法を一切認めていないのであるから、抗告訴訟として提起された本件本案訴訟は不適法であり、したがつて、本件申立ては適法な本案訴訟の係属を欠くものとして不適法といわざるを得ない。

2 仮に、選挙に関し申立人ら主張のような抗告訴訟が認められ得る余地があるとしても、本件公示は処分性を欠くから、本件本案訴訟は不適法である。すなわち、処分性とは、行政行為のもつ個々の国民の具体的な権利・義務ないし法的地位に対する法的影響をいうところ、公職選挙法三一条四項の公示は、衆議院議員の総選挙の施行期日を対世的に確定する行為にすぎず、個々の国民の権利・義務ないし法的地位に何ら具体的な影響を及ぼすものではない(園部逸夫「立候補届不受理の取消を求める訴の適否」民商法雑誌五〇巻四号一二八ページ参照)。したがつて、本件公示は処分性を欠くから、本件本案訴訟は不適法であり、本件申立ては適法な本案訴訟の係属を欠くものであつて、不適法といわざるを得ない。

なお、本件公示が処分性を欠くことにより、右のように適法な本案訴訟の係属を欠くこととなるほか、本件申立て自体も、執行停止の対象となる処分を欠くこととなり、不適法というべきことになる。

三 本件申立ては「本案について理由がないとみえるとき」に当たるものというべきである。

本件本案訴訟において、申立人らが、本件公示の取消原因として主張するのは、要するに、本件公示が一部改正法附則一項に違反するから違法であるというにあるところ、公職選挙法三一条四項による衆議院議員の総選挙の公示は、同条三項及び四項の要件を充足すれば適法に行うことができるものであり、他に何らの要件をも必要とするものではないことは公職選挙法上明白といわなければならない。そして、本件公示が右各要件を充足していることは公知の事実であるから、本件公示が適法であることは改めて論ずるまでもないところである。

申立人らは、本件公示による総選挙は、一部改正法による改正後の公職選挙法による総選挙を意味すると主張するが、本件公示は、単に衆議院議員の総選挙の施行期日を昭和六一年七月六日と確定したにすぎず、本件公示による総選挙が右改正後の公職選挙法に基づき施行されるのか、それとも右改正前の公職選挙法に基づき施行されるのかは本件公示の効力によつて決定されるものではなく、それは一部改正法の施行時期に関する同法附則一項の規定によつて決定されるものである。したがつて、本件公示による総選挙について右改正前又は改正後のいずれの公職選挙法を適用すべきかということについては、本件公示は何らかかわるところはないのであるから、申立人らが一部改正法の公布に関して主張する違法事由は、何ら本件公示の違法事由を構成するものではないのである。そして、仮に本件公示による総選挙において、申立人らの主張するような法適用の誤りがあつたとすれば、そのことは、正に公職選挙法二〇五条一項にいう「選挙の規定に違反する」場合に当たるものとして選挙無効訴訟において判断されるべき事柄であるから、かかる場合に対する救済手段も完備しているものというべきであり、この点からも申立人ら主張のような抗告訴訟を認める必要のないことは明らかである。要するに申立人らの主張は本件公示の効力の誤つた理解に基づくものであつて、失当というほかはなく、本件公示には何ら違法の点はないのであるから、本件申立ては、「本案について理由がないとみえるとき」に当たるものというべきである。

四 以上のとおりであつて、本件申立てはいずれにしても失当であるから速やかに却下されるべきである。

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